MELBOURNE Street by Street (4) |
Collins Street ― その 4 ― |
ケン・オハラ |
Collins Street の Swanston Street とElizabeth Street の間にある北側の一画には、 メルボルンの3つの高級ショッピングアーケードがある。 234 Collins Street、かつて Sportsgirl Centre又は Sportsgirl Arcade と呼ばれていたのと、Australia on Collins、それに the Block Arcade である。これらはメルボルンの高級ショッピングアーケードとして知られているが、 同時に、ディベロッパーと銀行にとって、莫大な損害をこうむった経済破綻の例としても知られている。 |
The Sportsgirl fashion group は、 1914年に Wolf Bardas
によって設立された。
家業は息子から孫へと引き継がれた。
孫の David Bardas は 1959年に弱冠 22歳で家業を引き継ぎ、それから 30年間、着々と事業を拡張していった。
工場が10ヶ所。小売店の数は 150。家族経営の会社としてはオーストラリア有数の規模となった。
しかし、この会社は Collins Street のビル建設が致命傷となって倒産した。 David Bardas は、ここメルボルンの Collins Street に、世界に誇れるような素晴らしい店舗の並ぶビルのオーナーになる夢を持ち、 $100 million を投資した。設計は、シカゴから呼び寄せた建築家とメルボルンの建築家が共同でデザインをした。 オフィスレベルには中庭があり、天井まで吹き抜けとなっていて、採光を配慮した明るく素晴らしいものである。 しかし、不運にもタイミングが最悪であった。基礎工事が始まった1988年は、 1980年代の不動産ブームがまさに終わろうとしていた時であった。1991年にビルが完成しオープンしたものの、 いっこうに借り手がつかず、わずかな賃貸料は利息を払うにも足りなかった。 |
メルボルン一の富豪といわれた義父 Victor Smorgon の懸命な援助にもかかわらず、 Sportsgirl は1994年、銀行の担保にとられ、 建物は $24million で中国人の投資家に買い取られた。 服飾事業の方は南アフリカ籍の Truworth of South Africa が買収し経営している。 |
財産や事業は三代目で潰される、という諺は洋の東西を問わぬ真実なのだろうか。 |
Australia on Collins
アーケード(写真右)と Novotel on Collins Hotel の破綻はSportsgirl アーケードより少し遅れて起きた。
Westpac Bank はこれらの建設の完成を待たずに、不本意ながらの所有者となり、シンガポールの Thakral Hotel Group
に売却した。 しかし銀行が受けた損失は莫大であった。
*この記事は2002年に掲載されたものを再掲載しています。 |