日豪教育事情(8)
オーストラリアから 壷坂宣也 今回は学校のクラブ活動、特に運動クラブに的を絞って、オーストラリアと日本の違いについて話を進めたいと思います。 日本の高校で教師をしていた頃の私はサッカー部の顧問として、土日の休みもなしに毎日生徒達と一緒に走り回っていました。数学の教師の仕事とサッカー部の顧問の仕事の時間的な割合は6対4、時には5対5といった具合で、私の日本での教員生活におけるクラブ活動の占める割合は、極めて高かったように思います。ただ、そんなクラブ指導の現状に、消極的あるいは批判的な教師は何人もいましたが、多くの教師がクラブ指導にあこがれ教職につき、クラブの成功を基に自身の職場での立場を確立していました。そういった意味では、日本の学校のクラブ活動は生徒にとって大切なだけでなく、教師にとっても大変大きな意味があるものだと思います。 オーストラリアの学校のクラブ活動はどうかというと、有名私立学校などの一部の例を除くと、ほとんどの学校で放課後に学校のクラブ活動の練習があったり、週末に試合があったりすることはありません。私の勤務する学校について紹介しますと、学期ごとに地域で開催される各種スポーツに合わせ、陸上競技や水泳などは選考を兼ねて校内大会を開催します。また、校内大会がないスポーツの場合は選手を募集し、希望者が多過ぎる場合はセレクションのためにゲームをして選手を選び、チームスポーツの場合は数回昼休みを使って練習をしてから試合に臨みます。試合は平日の授業時間帯に行われ、出場者は授業を休んで大会に出場します。地域の試合で勝てば、大きな地域での大会に進み、最後には州や全国の大会があります。そんな具合ですから、一人の生徒が陸上競技とサッカーとバスケットボールのチームに入って、3つのスポーツで活躍したりすることもしばしば見受けられます。また、日本の学校のクラブ活動ではあまりなじみのないサーフィンや乗馬などの種目もさかんです。ただ、私立の一部の学校を除いては、学校のチームスポーツのチームとしての完成度は日本と比べ低く、逆に言えば、ジュニアの時代に個人の技術を伸ばしやすい環境が整っていると思います。また、ほとんどの場合、担当をする教師が生徒に与える影響もあまりなく、教師は数回昼休みに行われる練習のサポートと試合会場への引率が主な役割とされています。 それでは、学校のクラブ活動が日本に比べ盛んでないオーストラリアでいったい何がオーストラリアのスポーツの躍進を支えているのでしょうか。それは、間違いなしに社会体育としての各種の地域クラブです。生徒は学校が終わるや否やうちに帰って、地域のクラブの練習に参加します。スポーツの種類や年齢やレベルによってその頻度は異なり、週に1回だけ練習する者もいれば、3回練習する者もいます。彼らが選ぶスポーツの中には練習場に行く際に車を使わなければ不便な場所もあり、メルボルン近郊に住む者以外は、保護者が車で送迎をしなければならず、日本と異なり、親には経済的な負担以外に時間的な負担がかかることがあります。 それでは、次にオーストラリアの地域クラブと日本の学校の運動クラブを比較し、オーストラリアの地域クラブの優れていると思う点のうち、いくつかお話しします。 一つ目は、指導者の経歴についてですが、オーストラリアの地域クラブの指導者は必ずそのスポーツの経験者または指導経験者で、どの地域に住む子供達も良い指導者からスポーツを学ぶ事ができるということです。日本の学校の運動クラブでは有能な指導者がたくさんいる反面、学校の事情やクラブの存続のためにしようがなしに顧問を引き受けている教師もたくさんいます。最近では日本の公立学校でも、外部から指導者を招いて、クラブ活動を成功させていることもありますが、そういった例はまだまだ少数にすぎません。 二つ目は、コーチと選手の関係についてですが、日本の学校のクラブ活動とオーストラリアの地域クラブではかなり異なります。スポーツが教育の一環として扱われてきた日本の学校の運動クラブの中にはまだまだ規律や精神論が根強く残り、素質があるにもかかわらず、教師としての指導者と生徒としての選手の関係が、選手の成長を阻めることがしばしばあります。オーストラリアのクラブではコーチと選手は常にそのスポーツを通してだけの関係ですから、コーチは正しい目で選手の素質に着目できると思います。 三つ目は、選択の幅についてですが、日本ではそれぞれの学校にあるクラブ活動の中からの選択ですから数に限りがありますが、オーストラリアの場合は地域全体の中からの選択ですから、選択の幅は日本の学校のクラブ活動に比べ、かなり広いと思います。私の学校の生徒の中には、トライアスロンやライフセービンクや陸上競技の棒高跳びやエアロビクスやアイリッシュダンスなどをしている者もおり、選択の幅の広さを感じます。また、日本では高校に進学する際、生徒の中にはクラブ活動を最優先して学校を選択する者がいますが、オーストラリアではそういったことは学校選択の理由にはなりません。言いかえれば、文武両道をしやすい環境にあり、そのことはプロのラグビーやサッカーの選手が引退後に弁護士になったり、ビジネスを始めたりする例からも理解できます。 四つ目は、生徒の各年齢における指導のあり方の違いです。日本の場合は中学校3年間、または高校3年間で選手やチームを完成させ、大会で勝利をおさめるという目標があり、3年間で、すべての技術を詰め込もうとしがちです。オーストラリアの地域クラブでも、もちろん、大会で勝利を収めることは大きな目標ですが、基本的にコーチは年齢に応じて段階的な指導をします。また、チームスポーツではジュニアの段階ではメンバーの入れ替わりが多いという理由もあり、試合の中ではチームのコンビネーションを主体にした戦い方ではなく個人の技術を主体とした戦い方が主流です。また、オーストラリアで盛んなラグビーを例にとっても、ジュニアの段階で日本の高校野球やサッカーやバレーボールのように、その大会の様子がテレビで放映されたり、新聞や雑誌で大きく取り上げられるといったことはほとんどありませんから、素質のある日本の生徒がジュニアの段階で燃え尽きてしまったり、十分な満足感を味わい、そのスポーツをやめてしまったりすることがしばしばあるのに比べ、オーストラリアの生徒はより高いレベルで競技することを夢見て競技を続ける傾向が強いように思います。 日本も、サッカーや水泳や体操などの中から、地域クラブでの指導が広がり、世界で活躍するような選手が生まれていますが、まだ、ほとんどのスポーツが学校を中心に運営されています。今後、日本のスポーツが学校教育から独立し、地域のクラブとして、グランドや体育館を提供する学校の協力のもとに発展していくのが最良ではないかと、ふと考える今日この頃です。 |