Yukari Shuppan
オーストラリア文化一般情報

2002年~2008年にユーカリのウェブサイトに掲載された記事を項目別に収録。
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3 農場・牧場に関する言葉

Station

                           スピアーズ洋子

There was movement at the station

辞書によると station には、駅の他に場所、位置、持ち場、身分、地位、駐屯地、牧場などの意味があります。日本人が station という言葉から自動的に連想するのは鉄道の駅。ところがオーストラリア人が連想するのは広々とした牧場風景のようです。

イギリスでもstation は牧場という意味で使われていますが、オーストラリア英語では、そのスケールがだいぶ違います。メルボルンやシドニー近郊にも、馬や羊、牛のいる牧場がありますが、これらは farm であってstation とはいいません。

開拓植民時代の初期には、駐屯地、あるいはこれと思う土地を見つけて開拓を始めるまでの、川のほとりなどに仮り住まいをした場所を station とも言ったようです。
 その後開拓が進んでからは、sheep station, cattle station というと、車で横切るのに何時間もかかるような広大な牧場を意味するようになりました。牧場内に小型飛行機の滑走路がある牧場も少なくありません。無理もないでしょう。オーストラリアはヨーロッパ全体がすっぽりと入ってしまうほどの広さなのです。このような牧場にたたずんでみると、オーストラリア人がおおざっぱで、おおらかな理由が解かるような気がします。 

Station という言葉が使われた詩の一節に、A. B. Paterson’s が1895年に書いた物語、“The Man from SnowyRiver” があります。
 冒頭の There was movement at the station, for the word had passed around. は特に有名で、たいていのオーストラリア人はこの出だしの一節を諳んじている、といってもいいでしょう。
 Movement at the station は、急を告げる動き、何かが起こる切迫した状態にたいするあわただしい動き、事件の前兆、エキサイトメントなどの意味があります。
 この Movement at the station は、新聞、雑誌の見出しやスピーチなどにも頻繁に引用されています。
 元は同じ英語であっても、オーストラリアに移植されて、その言葉の持つイメージが違ってきた言葉がたくさんありますが station もその一つです。

Paddock

Paddockは、牧場で動物たちを一時的に囲い込んでおく、小さな場所のことです。普通に使われている英語で、ことさらオーストラリア英語というわけではありません。しかし、英国と豪州ではスケールがだいぶ違うようです。
 西オーストラリアの牧場などでは、フェンスが延々と地平線まで続いているところもあり、こんなところでは paddockといっても東京の千代田区がすっぽりと入ってしまうほど広い場合もあるようです。
 Paddockにいろいろ言葉をつけて限定することもよくあります。例えば horse paddock, ram paddock, cultivation paddock, accommodation paddock などです。
 Paddock は都会生活にはあまり縁の無い言葉ですが、長い間というか現在でも農業立国でもあるオーストラリアの農場とは切り離せない言葉です。

Squatter

Squatter は時代によって言葉の意味が異なって使われ、時には全く反対の意味になったりしている、ちょっと面白い言葉です。

19世紀初頭、開拓植民当初の squatter は、所有者のない土地にほったて小屋を勝手に建てて住んでいる流れ者、あるいは刑期を終えて刑務所を出た英国からの流刑囚がthe bush に入り、正式な許可を得ないで空いている土地に住んでいる場合をいいました。
 それが19世紀の半ばを過ぎた頃から、英国の中流、上流階級で十分な資金を携えて内陸部を植民するため、牧場を開く為にやってきた人々に使われるようになりました。

20世紀に入り第2次世界大戦前の頃までは、田舎の広大な土地で牧場を営んでいる富豪、オーストラリアの上流階級を指す言葉にまで変化しました。

最近では、またオリジナルに近い意味で、都市などで長い間テナントの入らない空きビルなどを不法占拠して、住み着いている人たちに対して使われるようにもなりました。時には古い由緒ある建造物の取り壊しに反対して、不法占拠している人たちにも使われています。
 

Jackeroo or Jackaroo and Jillaroo

現在はあまり頻繁に使われてはいませが、jackaroo という言葉があります。由来は1840年代の植民地開拓時代にさかのぼります。
 当時、植民地体験と共に羊や牛の牧場経営を見習うために、英国からやってきた毛並みのいいイギリス青年のこと jackarooといいました。ほとんど同じ意味で、米語では tenderfoot という言葉があります。
 Jackaroo は無給で牧場経営にともなう様々な仕事を手伝いながら見習い、outback での経験を積んで、将来は自分も牧場を経営する、ということだったようです。見習い、といっても、そこは将来の牧場主というだけあって、他の使用人とは別扱い、食事などは主人と同じテーブルでしたということです。
 Jackaroo は語源がはっきりしておらず説がいくつかあります。スペルも jackaroo  とjackeroo と両方あります。クイーンズランドのアボリジニー語で鳥という意味の tchaceroo からきているという説。 Jacky row という人名からきたという説。単に kangaroo がなまったもの、という説などいろいろです。
 第二次世界大戦中は、牧場主が出征した後、女性が牧場経営を引き継いで働きました。それで彼女たちを称する jillaroo という言葉ができました。
 本来 jackaroo も jillaroo 無報酬でしたが、後には牧場で手助けをして賃金をもらう若い人たちにも使われるようになりました。


羊にまつわるお話

The country rides on the sheep’s back

かつて、オーストラリアはThe country rides on the sheep’s back. (この国は羊によって成り立っている)といわれていとほど、羊毛を英国やヨーロッパに輸出するウール産業で経済がなりたっていました。WerribeeMansionなどを訪ねてみると、当時の羊毛産業がもたらした富の跡がうかがえます。羊毛は長い間オーストラリアの主要産業で、現在でも主要産業の一つであることに変わりはありません。それだけに羊はオーストラリアの生活や文化に深くかかわってきました。
 しかし私たち日本人は羊との関わりが薄く、言葉としても羊は羊であって、それ以上あまり知りませんが、英語では羊に関する言葉がたくさんあります。ここではオーストラリア英語とは限りませんが、羊に関する言葉や言い回しをとりあげてみます。

まずは羊の名称から。

ram (ラム)雄羊
ewe (ユー)雌羊
lamb (ラム) 子羊またはその肉
mutton (成長した羊の肉)
wether (ウェーザー)去勢された雄羊
merino (メリノ)羊毛のために改良された羊の一種

Jumbuck (ジャンバック)オーストラリアンスラングで羊の意味。由来は移動する羊の群が地上にたなびく霞のように見えたことから、アボリジーニー語で白い霞を意味する jumbuck からきた、という説と、jump up 飛び跳ねるを意味することからきた、という説があります。

以上がそれぞれの羊の呼び方です。

次は羊毛に関して。

shearing 羊の毛を刈り取ること。
shearer 羊の毛を刈り取る職人。
fleece 1頭の羊から刈り取った毛。

たくさんの羊に関するスラングや言い回しが shearer たちの間で生まれ広まって、日常にも使われるようになりました。羊に関した慣用句をいくつかあげます。

To fleece somebody
これは rip off と同じ意味で、剥ぎ取る、巻き上げる、ふんだくる。
Mutton dressed up as lamb
年増が若作りに装うこと。または陳腐な古いアイデェアや物事を新しく見せかけて再登場させること。
Follow like sheep
指導者や教条に盲従すること。羊は先頭の1頭がジャンプすると、次から次へとジャンプし、先頭に従う習性があることから生まれた言い回しです。
A wolf in sheep’s clothing
日本でも良く知られたお話からきた慣用句で、羊の皮を着たオオカミ。おとなしそうな振りをした危険人物。
A black sheep
家族や兄弟姉妹の中の変わり者。評判の悪い人。曲者。
Separate the sheep from the goats
善悪をより分ける。区別をつける。
A lost sheep
迷える子羊。聖書にある罪人としての人間。

ところで英語圏では、羊は Baa, baa, black sheep, have you any wool? と歌われるように、バァー、バァーと鳴きますが、果たして日本語では何と鳴くのでしょう。メェー、メェーは森の子ヤギ、羊の鳴き声は、日本語ではまだ市民権を得ていないのでしょうか。

“Click go the shears”

オーストラリア人なら子供の頃から知っている、羊の毛を刈るときの歌があります。

Click go the shears boys, click, click, click,
Wide is his blow and his hands move quick.

Click は、羊の毛を刈り取る鋏の音。Shears は羊の毛を刈り取る鋏に似た道具。Blow は stroke と同じ意味で調子。 Wide is his blow and his hands move quick は、見事な腕さばきで毛を刈る様。これに似た歌を日本に求めるとしたら、小学唱歌の「村のかじ屋」というところでしょうか。
 

Shearing は、羊の毛を刈り取ること。昔、shearer(羊の毛を刈り取る職人さん)は技術のいる専門職とみなされ、the country ride on the sheep’s back (経済が羊で成り立っている国)、といわれたオーストラリアの産業を支える力となっていました。当時の優秀な shearer は、1日100頭以上の羊の毛を刈り取りました。記録によると道具が機械化される前の鋏による刈り取りでは、1892年の7時間40分で321頭が最高記録ということです。
Shearer は一つの牧場で shearing が終わると、次の牧場からまた次の牧場へ、QLD州から NSW州、そしてVIC州 というように流れて行きました。      1880年代では100頭の羊毛を刈り取った報酬は10シリング(1シリングは1/20 ポンド)。1988年では100頭で$115.30 支払われたとのこと。一部が機械化されたとはいえ人間の手で刈り取ることに変わりはなく、背中を痛める重労働です。定住しては十分な仕事がないこと、羊毛以外にも様々な産業が発達したこともあって、shearer たちの姿は少なくなっています。
 かつてオーストラリアの経済を支えた click, click の鋏の音は、現代の情報産業社会では、コンピューターのマウスを押す音にとって代わられつつあるのでしょうか。

Overlander と Sundowner の間 

牧場経営には様々な仕事があり、たくさんの人手が必要です。けれどその多くの労働は時期的なもので、季節労働、日雇いのような流動する労働力でまかなわれていました。職種は非常に高度で熟練した技術が必要なものから、皿洗いや薪割り、薪運びのように、健康である程度の力さえあればよいものまでありました。

overlander

定着しない労働者のなかで、最も評価が高かったのが overlander でした。牛の大群を広大な荒野を横切って、牧場から牧場へ、時には未知の新しい牧場へ、時には遥かかなたの競り市へと運んで行くのが仕事でした。手綱さばきも鮮やかな馬を乗りこなす熟練した技術と経験、頑強な肉体と精神力、未知の状況に直面した場合の判断力が必要でした。その馬上姿はカッコよく、憧れの的でもあり、女性に大変もてたということです。当時、馬上で仕事をする人と、地上で仕事をする人の間には、画然たる差があったようです。

その他にも熟練と技術を必要とする仕事がありました。羊の毛を刈る職人 shearers と羊の群れを移動させる shepherds でした。かつてThe country rides on the sheep's back. といわれるほど、国の経済が羊で成り立っていた時期があったオーストラリアです。彼らは大切な働き手でもありました。

このような労働者が農場に滞在するためには、料理人、皿洗い、洗濯をする人、家畜の世話、掃除、薪割り、薪運び、とさまざまな仕事がありました。賃金をもらえる仕事もあれば、宿と食事にありつけるだけ、というのもありました。

Sundowner

Soundownerとはこのような労働者のなかで、陽が落ちた後(もう暗くなってしまって一日の労働が終わった頃)に農場にやってきて、その日の宿と食事にありつく人のことでした。当時の農場は、このような要領のいい怠け者も受け入れた寛容さがあったのでこのような言葉も生まれたのでしょう。

Dog, dogs, a dog 

牧場経営に欠かせない家畜は犬です。農耕民族である日本では犬との歴史は浅く、犬はもっぱら番犬またはペットとして飼われてきました。しかし狩猟民から牧畜へと移っていったヨーロッパでは、犬は人間の生活と密着しており、長い歴史があります。それだけに犬にまつわる言葉、鳴き声の形容なども日本語よりははるかに豊富です。これは例えば、雨の多い日本では雨の形容が、英語に比べてずっと豊かなのと同じことでしょう。

ここではオーストラリアスラングとしての dog の使い方を紹介しましょう。

英国から囚人を乗せた最初の船で、犬も連れてこられたのはまず間違いのないことでしょう。新開地にむりやりつれて来られた囚人たちにとって、オーソリティ(権威者)に飼われている犬は、好もしい存在ではなかったはずです。犬に関連する言葉もあまり良いものはみあたりません。犯罪に関わる言葉も少なくありません。ポリスに対する侮蔑的な言葉としても使われています。

To turn dog

それまで属していた組織、団体などを裏切ること。または寝返ることをいいます。

Dogging it

全力をつくさなかったりさぼったりして、属しているグループや団体が不利になること。

A dog tied up

未払いの請求書。特に a public house (バー、酒場)の未払いの付け。

Dogs breakfast

動物に与える混合食物。またはごたごたした、あるいは混乱した状態。

Doggie bag

レストランの食事で、食べきれなかったものを、持ち帰るために入れる袋。本来は犬のために持ち帰るはずだったもの。現在ではお客さんが食べる場合がほとんど。頼むとプラスチックのテイクアウェイの箱に入れてくれます。Doggy bag と書く場合もあります。

終わりに一つ良い例を。

Every dog has his day

これは誰でもいつかは、何かを成し遂げ、幸せな時を持つことができる、という意味です。 

以上は dog に関わる英語の言い回しのほんの一部です。

A road train, beef roads, sheep boat 

大牧場で育てられた牛や羊は、競売される市場や屠殺場に移動させなければなりません。昔はこの運搬の仕事をしていたのが、 オーストラリアでは overlander と呼ばれた人たちでした。(アメリカではカウボーイと呼ばれます。)

現在では、牛の移動を監督するのは馬上からではなく、オートバイやヘリコプターにとって変わられました。そして移動はトラックが使われます。それで、このような仕事をする人たちを呼ぶ、ball-bearing cowboys という言葉も生まれました。

牧畜の移動に使われるトラックは、列車のように何台も連ねて走るので、a road train と呼ばれます。そしてこのようなトラックのために作られた道路を、beef roads といいます。

羊の方は、生きたまま中近東に輸出されることが多くなりました。中近東に住むほとんどの人々は、宗教上の理由から、その宗教の慣習にのっとった屠殺のされ方をした肉しか食べないので、生きた羊でないと輸入しないためです。何千頭という羊が船に乗せられてインド洋を渡っていきます。このような輸出のための羊はsheep boatと呼ばれます。

近年、船旅の途中で羊に病気が発生、それを理由に輸入国が羊の受け取りを拒否。ただでも、なかなか受け取る国がみつからず、受領国を求めて船はインド洋上をひと月あまりただよい、大きなニュースとなりました。

Show

9月には、恒例のRoyal Melbourne Show があります。ショーといえば日本人はたぶんファッションショー、バラエティショーなどという言葉を思い浮かべることでしょう。ところがオーストラリアでショーというと、農業祭のことが多いようです。それぞれ州、地域によって呼び方は違っても、必ず語尾にShowという言葉がついています。オーストラリア人は言葉を省略するのが好きですから、前にある言葉を取ってしまって、ただ show とだけ言うことがよくありますが、これは農業祭のことです。

Country Show というのもあり、こちらはロディオや丸太引き競争、薪割り競争といった素朴な競技が呼び物の干し草や土ぼこりが似合う田舎のお祭りです。

Show の直訳は見せる、示すですが、それから派生したいろいろな意味があります。Show off は引き立たせる、見せびらかす、自慢する。Show up は正体を現す、暴露する。Sowdown は最終段階、または結論を出す。これはポーカーゲームのもち札を全部さらすことからきています。Show my hand も同じくポーカーゲームからで、自分の手の内を見せること。Showy は目立つ、派手なこと。Show stopper は注目をいっせいに浴びること。Steal the show ともいいます。Show pony は農業祭でポニーがリボンや鈴をつけてshow にでるので人目を引きますが、アクセサリー的存在で、馬や牛のように力があるわけでなく、縁の下の力持ちとは反対の意味で、政治家などの人物評にヤユ的に使われます。

Show は見せる、という単純な言葉ですが、いろいろな使われ方があります。

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